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【アラベスク】  第7章 雲隠れ (後編)



第4節 月明かりはいらない [1]




美鶴(みつる)唐渓(からたに)を目指してるってのは、中三の十二月に知ったの」
 里奈(りな)のそばに、ツバサが寄り添う。すでに涙はないものの、瞳は真っ赤でウサギのよう。全体的に腫れぼったく、冷やしても、きっと明日の顔は期待できない。
 警察を呼び、優輝(ゆうき)は連れていかれた。美鶴を運び込むのを手伝った仲間も、そのうち見つかるのだろう。
 それぞれ警察で事情を聞かれ、もう陽はとっぷり暮れている。
 コウや(さとし)は家族と一緒に帰っていった。聡などは、なぜ親など呼ぶのかとうんざりしていたが、迎えに来た父親は、ワリと温厚そうに見えた。
 瑠駆真(るくま)は、美鶴の運ばれた病院へ向かった。
 その行動も聡を苛立たせているのだと思うと、ちょっと笑える。
 美鶴、本当に好かれてるんだな。
 ツバサの親はと言うと、病院長を務める父は来ないだろうし、母は父の病院で働く医師の妻たちでつくった婦人会の集まりなのだそうだ。代わりに来た住み込みの家政婦から聞いた。
 何がなんでも連れて帰ると強気の家政婦に対し、一人で帰れると言い返した。
 別に、迎えに来てくれない親に反発しているのではない。そもそもツバサが罪を犯したワケではないし、被害者というワケでもない。
 家政婦の方もかなり頑張り、寄り道するのなら付いて行くと言い張った。別に構わないと答えたら本当に付いてきたが、結局は時間を気にして帰っていった。
 与えられた仕事を与えられた時間までにこなさなければ、帰ってきた母に何を言われるかわからない。
「どうして唐渓なんて受けるのか、見当もつかなかった。でも、聞けなかった」
 里奈の言葉に耳を傾ける。
 ここは唐草ハウスの入り口。あの夜のように静かで暑く、そして暗い。
「美鶴に睨まれるのが怖くって、声も掛けられなかった。本当に怖かった」
 言いながら、里奈は再びベソをかく。
「高校に入って、すぐに苛められた。教室でも、テニス部でも」
 中学までなら、美鶴が護ってくれた。でも、高校生活に美鶴はいない。
「あっという間に登校拒否」
 親は叱咤した。
 里奈の家は、里奈を唐渓へ進学させようとしたほど裕福だ。体裁も気にする。
「怒ってばかりの親に我慢できなくって、家を飛び出したの」
 行く当てもなく彷徨(さまよ)っていた時、唐草ハウスを思い出した。
「小学生の頃、唐渓中学の受験説明会で出会った人が、この施設に出入りしてたの。とても親切な人だった」
 おぼろげな記憶をたぐり、辿り着いた。
「親は連れ戻しに来たけれど、美鶴がいないのに高校生活なんてできるワケがない。そんなの絶対無理ってわかってた。だから滅茶苦茶暴れたわ」
 その言葉に苦笑する。こういうタイプは、パニくると手がつけられなくなりそうだ。
 そう言えば、里奈がこの施設で生活するようになる少し前、何度か入り口で騒々しい声を聞いたことがある。
「美鶴の話をツバサから聞くたび、どことなく胸が苦しかった。会いたいって思ってた」
 美鶴が唐渓で孤立している事。聡や瑠駆真という存在。
 みんな、ツバサから聞いて知っていた。
 会いに行きたかった。
 でも、できなかった。臆病な里奈に、できるワケがない。
 黙ってしまった里奈から視線を外し、ホウッと空を振り仰ぐ。
 月は出ていない。ほとんど闇夜。
 ただでさえ暗いんだから、せめて空くらい明るくなってよ。
 塞ぐ心が無理を言う。
 残暑が厳しい。
 こんなにそばにいながら、美鶴と里奈は出会わなかった。
 火事が偶然を導き、美鶴は近くのマンションに越してきた。梅雨間近のあの日、美鶴はこの施設の入り口まで来た。
 それでも二人は、出会わなかった。
 そしてコウとシロちゃんも―――
 脱力した里奈を支える(つた)康煕(こうき)。あんな状況でも気にしてしまう自分が醜い。
 ゴタゴタしていて、何も聞けなかった。コウはシロちゃんとの再会を、どう思ってるんだろう?
 そしてシロちゃんは?







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